福岡地方裁判所飯塚支部 昭和57年(ワ)386号 判決 1983年10月28日
原告(反訴被告) 辻竹紀
右訴訟代理人弁護士 永松達男
被告(反訴原告) 中島豊
右訴訟代理人弁護士 登野城安俊
主文
一 被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、二三万九三一七円及びこれに対する昭和五七年一二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は本訴、反訴とも被告(反訴原告)の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴
1 請求の趣旨
主文第一、第三、第四項と同旨
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告の本訴請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
二 反訴
1 請求の趣旨
(一) 反訴被告は反訴原告に対し、八五五万九八九七円及びこれに対する昭和五八年四月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は反訴被告の負担とする。
(三) 第一項につき、仮執行の宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 反訴原告の反訴請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は反訴原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 本訴
1 請求原因
(一) 事故の発生
(1) 日時 昭和五六年一〇月一日午後四時四〇分頃
(2) 場所 福岡県嘉穂郡穂波町太郎丸一三六二番地先交差点(以下「本件交差点」という。)内
(3) 事故車(一) 普通乗用自動車(福岡三三め二九三号。以下「被告車」という。)
右運転者 被告(反訴原告。以下単に「被告」という。)
(4) 事故車(二) 普通貨物自動車(福岡四〇す六四一六号。以下「原告車」という。)
右運転者 原告(反訴被告。以下単に「原告」という。)
(5) 態様 本件交差点内において、西から東に向かって直進中の被告車と南から北に向かって直進中の原告車とが衝突した。
(二) 責任原因
被告は、一時停止標識があるにもかかわらず、これを無視し、左右の安全を確認しないまま本件交差点に進入した過失により本件事故を発生させた。
(三) 損害
修理費 四二万五七一〇円
原告は、本件事故により破損したその所有にかかる原告車の修理に四二万五七一〇円の支払を余儀なくされた。
(四) 過失相殺
本件事故発生につき、原告に過失があるとしても、三割程度と考えられるから、被告は原告の損害につきその七割に相当する二九万七九九七円を賠償すべきである。
(五) 本訴請求
よって、一部請求として請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は本件事故の日の後である請求の趣旨記載の日から民法所定の年五分の割合による。)を求める。
2 請求原因に対する答弁
請求原因(一)は認める。
同(二)は争う。
同(三)は認める。
同(四)は争う。
二 反訴
1 請求原因
(一) 事故の発生
本訴の請求原因(一)のとおりである。
(二) 責任原因
原告は、原告車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
(三) 損害
(1) 受傷、治療経過等
(イ) 受傷
被告は、本件事故により、頸部捻挫、腰部・背部挫傷、腰部捻挫の傷害を受けた。
(ロ) 治療経過
昭和五六年一〇月一日から同月六日まで上村外科医院に通院(実治療日数四日)。
同月七日から同月二一日まで相田宮嶋外科医院に入院。
同年一一月一六日から同年一二月二二日まで上村外科医院に通院(実治療日数一五日)。
昭和五七年一月九日から同年五月二七日まで同医院に通院(実治療日数六日)。
(ハ) 後遺症
原告には、頸部及び腰部に神経症状の後遺症が残存し、その程度は自賠法施行令別表後遺障害等級表一四級に相当する。
(2) 治療関係費 合計二万五四〇〇円
(イ) 入院雑費 二万〇四〇〇円
(ロ) 通院雑費 五〇〇〇円
(3) 逸失利益 合計六七三万四四九七円
(イ) 休業損害 五〇一万九五七七円
被告は、昭和二四年一〇月四日生で、本件事故当時、尾園建設株式会社に現場監督として勤務し、一日当り六〇八三円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和五六年一〇月六日から昭和五七年二月二八日まで休業を余儀なくされ、その間八七万五九五二円の収入を失った。なお、社会保険から傷病手当として七万六八〇〇円の給付を受けているので、これを差し引くと七九万九一五二円となる。
また、被告は、本件事故当時、右勤務のかたわら有限会社小田原商事の営業所長としても稼働し、一日当り二万八三二五円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和五六年一〇月一日から昭和五七年二月二八日まで休業を余儀なくされ、その間四二二万〇四二五円の収入を失った。
(ハ) 後遺障害による逸失利益 一七一万四九二〇円
被告の事故当時の年収は一二五五万八九二〇円であったところ、前記後遺障害のたび、なお三年間にわたりその労働能力を喪失したものと考えられるから、被告の後遺障害による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一七一万四九二〇円となる。
(4) 慰藉料 合計一三〇万円
入通院分 八〇万円
後遺症分 五〇万円
(5) 弁護士費用 五〇万円
(四) 反訴請求
よって、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は本件事故の日の後である請求の趣旨記載の日から民法所定の年五分の割合による。)を求める。
2 請求原因に対する答弁並びに原告の主張
(答弁)
請求原因(一)、(二)は認める。
同(三)は知らない。
(主張)
(一) 過失相殺
本件事故の発生については、被告にも本訴の請求原因(二)で主張した過失があるから、被告の損害賠償額の算定にあたっては、七割の過失相殺がなされるべきである。
(二) 損害の填補
被告の損害については、次のとおり自賠責保険から損害の填補がなされている。
(1) 治療費(反訴請求外分)につき 一四万〇一三〇円
(2) その他反訴請求内分につき 一八〇万九八七〇円
3 原告の主張に対する被告の答弁
原告の主張(一)は争う。
同(二)は認める。
第三証拠《省略》
理由
第一 本訴について
一 事故の発生
請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。
二 責任原因
1 前記一の争いのない事実に、《証拠省略》を併せ考えると、次の事実を認めることができる(《証拠判断省略》)。
(一) 本件交差点は、いずれもアスファルト舗装された、平たんな、ほぼ東西に通じる道路(以下「東西道路」という。)と、ほぼ南北に通じる道路(以下「南北道路」という。)とが直角に交差する交通整理の行なわれていない交差点で、付近の道路状況は別紙図面のとおりであること、東西道路は、同図面のとおり、車道と西側に設けられた歩道から成り、その車道は中央線により東西各行車線に区分されており(もっとも、中央線は、本件交差点の手前まで引かれているが交差点内にはない。)、本件交差点の北西側、南東側各入口付近に一時停止の規制標識が設置され、その路面にも一時停止線が白色で標されていること、一方、南北道路は、同図面のとおり、歩車道の区別はなく、その西側には道路に沿って無蓋の側溝が設けられていること、そして本件交差点の各角は角切りされてはいるが、南西角は、人家のブロック塀が張り巡らされているため、東西道路を東進して本件、交差点に至る場合には右方の、南北道路を北進して本件交差点に至る場合の左方の各見通しはいずれも悪いこと、また、南北、東西の両道路ともに本件交差点付近の最高速度は時速四〇キロメートルに規制されていること、なお、事故当時の天候は晴で、付近路面は乾燥していたこと。
(二) 被告は、勤務先から自宅へ帰るため、被告車を運転し、東西道路の東行車線の中央線寄りを東進して本件交差点付近に差しかかった際、一時停止の標識に従い別紙図面①点辺りに一時停止したものの、折から同図面点付近に進行していた原告車に全く気付かず、そのまま発進して交差点内に進入したこと、そのため、被告は、原告車が自車右斜前方の至近に近づいたとき、ようやく同車を発見し、急制動の措置をとったが、及ばず、同図面②点で自車左前部付近を原告車の左側面ドア付近に衝突させて、同図面③点に停止したこと(なお、同図面のとおり、衝突地点には被告車のタイヤ痕二条が残っていること。)。
(三) 原告は、自宅へ帰るため、助手席に妻と五才の長男を乗せた原告車を時速三〇キロメートル位で運転し、南北道路の中央付近を北進して本件交差点に差しかかり、別紙図面点付近に至った際、同図面①点辺りに被告車を認めたものの、付近の通行規制の状況から、同車が停止して自車を先に通過させてくれるものと思い込み、減速することなく同じ速度で同交差点内に進入したこと、そのため、原告は、交差点内に入ったとき、はじめて被告車が発進しているのに気付き、急制動の措置をとるとともに、右に転把したが及ばず、前記(二)認定のとおりの形で同図面点で衝突し、なお、その衝撃で原告車は同図面点に横転したこと。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
2 右1で認定した事実によると、被告は、被告車を運転して本件交差点を西から東に直進するにあたり、同交差点には一時停止の道路標識が設置されており、左右の見通しも困難であったのであるから、同交差点の直前で一時停止することは勿論、左右の交通の安全を確認したうえ発進すべきであるのに、一応一時停止はしたものの、右方に対する十分な安全確認を怠ったまま本件交差点内に進入した過失により、原告車の発見が遅れ、本件事故を惹起するに至ったことが認められる。
したがって、被告には民法七〇九条により、本件事故による原告の後記損害を賠償する責任がある。
三 損害
請求原因(三)の事実は、当事者間に争いがない。
四 過失相殺
前記二の1で認定した事実によると、本件事故発生については、原告にも、本件交差点の手前で被告車を発見しながら、以後その動静に十分な注意を払うこともないまま、同一速度で交差点内に進入した過失があると認められるところ、前記認定の被告の過失の内容、程度、本件事故の態様、東西、南北両道路の道路交通法上の優先関係等諸般の事情を考慮すると、原・被告の過失割合は、原告が四、被告が六と認めるのが相当である。
そうすると、被告が賠償すべき原告の損害額は、前記三の四二万五七一〇円から、その四割を減じた二五万五四二六円ということになる。
第二 反訴について
一 事故の発生
請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。
二 責任原因
請求原因(二)の事実は、当事者間に争いがない。
したがって、原告には、自賠法三条により、本件事故による被告の後記損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 受傷、治療経過等
《証拠省略》によると、請求原因(三)の(1)、(イ)(ロ)の事実が認められ、かつ、被告には後遺症として腰部、頸部に痛みが残存し、これら症状は昭和五七年五月二七日固定したこと、なお、自賠責保険の関係では、右症状は自賠法施行令別表後遺障害等級表一四級一〇号に該当すると査定されていることが認められ、これに反する証拠はない。
2 治療関係費
(一) 入院雑費 九〇〇〇円
被告が一五日間入院したことは、前記1のとおりであり、右入院期間中一日六〇〇円の割合による合計九〇〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。右金額を超える分については、これを認めるに足りる証拠はない。
(二) 通院雑費
これを認めるに足りる証拠はない。
3 逸失利益
(一) 《証拠省略》によると、被告は、昭和二四年一〇月四日生で、事故当時、福岡市博多区所在の尾園建設株式会社に現場監督として勤務し、事故前の三か月間(昭和五六年七月から九月まで)に五四万七五一〇円の給与を得ていたことが認められ、これに反する証拠はない。
ところで、被告は、事故前、右所得のほか、有限会社小田原商事にも営業所長として勤務し、一日当り二万八三二五円の収入を得ていた旨主張し、これに副う証拠として、《証拠省略》を援用している。
しかしながら、《証拠省略》によると、右小田原商事は、同社の仕入れた米国製と称する料理鍋を会社外部の販売員をして売却させ、販売員には売却高に応じ手数料という形でマージンを還元する方式を採って販売業を営む会社であること、同社では販売員に対し、何らの給与身分保障も行っておらず、稼働期間の定めもなく、その販売方法についても指導するようなことはないこと、したがって、大半の販売員は、当初の一ないし二か月間知人、親戚を頼り義理買いを迫ってかなりの実績を上げるものの、商品自体極めて高額なことや、固定客もないこと等から次第に行き詰まり、自ら辞めあるいは他に副業を求めたりするのが、これまでの実情であること、さらに同社では、税務対策等を理由にして、各販売員の販売先台帳その他取引に関する帳簿、資料類を一切明らかにしないこと、被告は、昭和五六年五月頃から前記尾園建設株式会社の仕事の合間をみて副業ないしアルバイトとして小田原商事の販売員となったこと、しかし、被告が現場監督をして稼働していたことや、右販売に他人を使っていたことからして、現実にどの程度販売活動に関与していたものか、他人を使ったときの費用等経費がどれ位のものであったか等は全く不明で、何らの資料もないことなどが認められ、これらの諸点からすると、被告の小田原商事における販売員としての稼働そのものが継続する蓋然性の高い安定した副業という程のものでなかったことが明らかであるし、この点をしばらく措いてみても、前記乙号各証、とりわけ同第五号証が当時の被告個人の副業収入を示す的確な資料と断定できないから、これら乙号各証のみでは、被告の右主張をそのまま認める証拠としては不十分であるといわざるを得ない。
もっとも、右認定事実と《証拠省略》によると、当時被告がまとまった金員を稼ぐため副業に従事する必要と意欲があったことは認められるから、被告に何らの副業収入も得られないものとすることも妥当ではない。したがって、被告は、当時尾園建設に勤務し、毎月の給与を得るとともに、同社での稼働日数に徴し、その余った稼働能力を副業に向けていたとみるべきであり、その能力を一般的な統計資料を用い端的に金銭的に評価するのが相当であると考えられる。そして、《証拠省略》から認められる被告が副業を始めるに至った契機や尾園建設支給の給与額等に照らすと、右評価は同年輩の男子労働者の年間賞与額をもってするのが相当である(事故当時の昭和五六年賃金センサス第一巻第一表企業規模計、学歴計男子労働者三〇ないし三四才の「年間賞与その他特別給与額」は七九万〇九〇〇円である。)。
そうすると、逸失利益算定の基礎となる被告の稼働年収は二一九万〇〇四〇円(尾園建設支給の三か月分五四万七五一〇円に四を乗じ一年分として算出した。)に右七九万〇九〇〇円を加えた二九八万〇九四〇円となる。
(二) 休業損害 一一一万五五七五円
前記1で認定した受傷部位、程度、入通院の状況と《証拠省略》によると、昭和五六年一〇月六日から昭和五七年二月二八日までの一四六日間被告が休業状態にあったのもやむを得ないと認められるから、本件事故による被告の休業損害は、次のとおり、一一九万二三七五円(円未満切り捨て。以下同じ。)となるが、被告において自ら社会保険からの支給分七万六八〇〇円を差し引いて請求しているので、これに従うと一一一万五五七五円となる。
(算式)
二九八万〇九四〇÷三六五×一四六=一一九万二三七五
(三) 後遺障害による逸失利益 二七万七四三六円
前記1認定の受傷並びに後遺障害の内容、程度によると、被告は、前記後遺障害のため、症状固定日から少なくとも二年間、その労働能力を五パーセント喪失するものと認められるから、被告の後遺障害による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり二七万七四三六円となる。
(算式)
二九八万〇九四〇×〇・〇五×一・八六一四四=二七万七四三六
4 慰藉料 一一〇万円
本件事故の態様、被告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容、程度、その他諸般の事情を併せ考えると、被告の慰藉料額は一一〇万円とするのが相当であると認められる。
四 過失相殺
先に本訴につき四で説示したとおりであるから、過失相殺として被告の損害の六割を減ずるのが相当と認められる。
そして、過失相殺の対象となる総損害額は前記三の2ないし4で認定した反訴請求分の損害額合計二五〇万二〇一一円と反訴請求外の損害一四万〇一三〇円(原告の主張(二)の(1)の事実は、当事者間に争いがない。)の合計二六四万二一四一円であるから、これを過失相殺すると、一〇五万六八五六円となる。
五 損害の填補
原告の主張(二)の事実は、当事者間に争いがない。
そうすると、被告の前記損害額は、すべて填補を受けて余りあることは、計数上明らかである。
第三 以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるから認容し、被告の反訴請求は理由がないから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 佐々木茂美)
<以下省略>